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広島高等裁判所松江支部 平成7年(ネ)103号 判決 1998年3月27日

松江市<以下省略>

控訴人

右訴訟代理人弁護士

妻波俊一郎

岡崎由美子

東京都中央区<以下省略>

被控訴人

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

岐阜県岐阜市<以下省略>

被控訴人

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

石倉孝夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して、金五二七万一四六八円及び内金四七七万一四六八円に対する平成三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金一〇四九万二九三七円及び内金九五四万二九三七円に対する平成三年六月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件の経緯

1  以下の事実は、当事者間に争いがない。

平成三年五月末ころ、控訴人は、被控訴人野村證券株式会社(以下「被控訴会社」という。)の従業員である被控訴人Y1(以下「被控訴人Y1」という。)から、新株引受権付社債(分離型)の新株引受権証券部分(ワラント)の取引の勧誘を受け、被控訴会社から、次の二銘柄の外貨(アメリカ・ドル)建てワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入した。

(一) 清水建設 五〇ワラント

権利行使期限 平成五年七月二日

代金額 金二七七万四〇〇〇円

(二) エーザイ 一〇〇ワラント

権利行使期限 平成五年二月一七日

代金額 金六七六万八九三七円

右購入後、本件ワラントはいずれも、控訴人の購入価額を上回ることなく、権利行使されないまま各権利行使期限を経過した。

2  控訴人は、次のとおり主張し、不法行為(被控訴人Y1に対しては民法七〇九条、被控訴会社に対しては民法七一五条)に基づく損害賠償を求めて、本件訴訟に及んだ。

(一) 被控訴人Y1は、ワラント取引の適格性のない控訴人に対し、説明義務を尽くさず、強引かつ執拗に、しかも、断定的判断の提供、損失補填の約束をするなどの勧誘を行ったのだから、この勧誘行為は不法行為に当たる。

(二) 被控訴人Y1は、控訴人の再三にわたる本件ワラントの売却申入れに対して、虚偽の事実を述べ、仕切拒否をしたのだから、これは不法行為に当たる。

(三) 被控訴人Y1は、証券会社に課せられた、誠実・公正に業務を行うべき高度の注意義務に違反し、ワラント価格の持ち直し状況につき控訴人の注意を喚起せず、被害拡大を放置したのだから、これは不法行為に当たる。

(四) 右不法行為の結果、控訴人は、本件ワラント購入代金相当額の金九五四万二九三七円及び弁護士費用金九五万円の損害を被ったので、控訴人は、被控訴人らに対し、連帯して右合計金一〇四九万二九三七円及びこの内購入代金相当額に対する代金支払後の平成三年六月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  これに対し、被控訴人らは、次のとおり反論した。

(一) 被控訴人Y1の勧誘行為に何ら落ち度はなく、不法行為責任を問われるいわれはない。

(二) 控訴人は、被控訴人Y1と相談の結果、自己の判断で売却注文を出さなかったのであり、仕切拒否が行われた事実はない。

(三) 被控訴人Y1は、控訴人に対し、本件ワラント購入後の価格の変動等につき十二分な情報提供をし、誠実・公正に業務を行っていた。

(四) 本件ワラント買付けによる損失は、買付後の値下がりにつき徒に被控訴人Y1の責任を追求するばかりで売却判断を下さなかった控訴人自身が負担すべきものである。

二  争点

1  被控訴人Y1の勧誘行為が不法行為に当たるか。

2  被控訴人Y1が、控訴人に対し、仕切拒否をしたか。

3  被控訴人Y1が、控訴人に対し、本件ワラント購入後の価格変動等について誠実・公正に情報提供していたか。

4  被控訴人らの賠償すべき損害額

第三当裁判所の判断

一(争点1)被控訴人Y1の勧誘行為が不法行為に当たるかについて

1  控訴人は、次の点を根拠として、被控訴人Y1の勧誘行為が不法行為に当たると主張する。

(一)  控訴人には、ワラント取引の知識・経験がなく、ワラント取引の適格性がないのに、ハイリスク商品であるワラントについての説明義務を尽くさなかった。

(二)  被控訴人Y1は、強引かつ執拗に、しかも、断定的判断の提供、損失補填の約束をするなどの違法な勧誘を行った。

2  そこでまず、右(一)につき検討する。

控訴人(原審第一、二回・当審)、被控訴人Y1(原審・当審)各本人尋問の結果、甲七、八、乙四の1、2、一九、二二、二三によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、本件ワラント購入当時、満五七歳の古美術商であり、被控訴会社等を通じ一〇年来、投資信託等の取引の他、株式、転換社債、外国債等の証券の取引をし、当時の被控訴会社における控訴人名義の保護預り証券は約金二四〇〇万円相当であった。控訴人は、損失を被った経験も多々あり、しかも、本件ワラント取引の約一か月半前から他の証券会社との間で、ワラント以上の損失を被るおそれのある株式の信用取引を始め、本件ワラント取引を行うまでに金三〇〇〇万円を超える買い付けをしていたことが認められる。

とすると、控訴人は、証券取引について十分知識があり、証券取引によるリスクをも自ら体験し、リスクを見極めたうえでなお証券取引を続けていたのであるから、被控訴人Y1が、控訴人に対しワラント取引開始の勧誘をしたこと自体を違法いうことはできない。

しかしながら、ワラントは、その仕組が複雑で一般人にはその内容がわかりづらいもので、しかも、本件当時、まだ証券会社や専門家を除いては十分に周知されていない新商品であった。更に、ワラントは、株式とは比較にならないほど高い投機性を有するもので、そのうえ、本件のような外貨建ワラントにあっては、為替レートの変動によっても損失を被るおそれがあり、リスクの極めて大きい商品である。そうであれば、これを販売するに当たり、証券会社には、信義則上、ワラントの内容、株式等との違い、特にリスクについて、購入相手が十分理解するまで説明を尽くす義務があるというべきである。

では、本件において、その説明義務が尽くされていたか。

控訴人(原審第一回・当審)、被控訴人Y1(原審・当審)各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

被控訴人Y1は、平成三年五月二〇日ころから、控訴人に対し、専ら電話で、ワラントの内容を説明した。しかし、それは、被控訴人Y1が一方的に早口でしゃべりまくるだけで、控訴人の理解に意を払ったものではなかった。

電話での説明は、相手の様子等から相手の理解度を十分に確認することができず、誤解を生じやすいものであり、電話は、前述の説明義務を尽くすのに適した手段とは言い難い。証券取引に知識があってリスクに敏感な控訴人に対してであっても、複雑な内容を持つ目新しい商品であるワラントの説明は、取引説明書など理解を容易にする手段を駆使して、相手方の理解度を見ながら説明し、最終的に相手が十分理解したことを確認する必要があるというべきである。

そうであれば、被控訴人Y1は何日にもわたって説明を重ねてはいるが、単に電話でそれを繰り返しただけであるから、説明義務を尽くしたとはいい難い。

3  次に、前記(二)につき検討する。

控訴人(原審第一回・当審)、被控訴人Y1(原審・当審)各本人尋問の結果によれば、被控訴人Y1は、平成三年五月二〇日ころから同月二九日まで、控訴人に対し、繰り返しワラント購入の勧誘をしたことが認められる。しかし、それが、相当な範囲を超え、強引かつ執拗なものであったと認めるに足る証拠はない。

もっとも、控訴人本人尋問の結果(原審第一回・当審)によれば、被控訴人Y1は、控訴人に対し、「必ず儲かる。」と述べてワラントの購入を勧めたが、ワラントのリスクを察知した控訴人が購入を渋ったため、「私が責任を持ちますから。」と述べたことが認められる。

そうすると、「責任を持つ」というのは、損失が出た場合にそれを補填するという意味にまでは解されないが、必ず儲かるという言葉と相まって、証券取引法五〇条一項一号で禁じられている断定的判断に当たると解するのが相当である。

4  以上によれば、被控訴人Y1は、ワラントについての説明義務を尽くさず、断定的言動により、控訴人を惑わせて、本件ワラントを購入させ、損害を与えたのであるから、不法行為が成立することは明らかである。

二(争点2)被控訴人Y1が、控訴人に対し、仕切拒否をしたかについて

1  被控訴人Y1は、控訴人の再三にわたる本件ワラントの売却申入れに対して、虚偽の事実を述べ、仕切拒否をしたのだから、これは不法行為に当たると主張する。

これに対し、被控訴人らは、控訴人は、被控訴人Y1と相談の結果、自己の判断で売却注文を出さなかったのであり、仕切拒否が行われた事実はないと反論する。

2  そうすると、問題は、控訴人が売却注文を出したか否かにある。

この点について、被控訴人らは、控訴人から売却の相談があったにすぎず、明確な売却注文は受けていないと主張する。

控訴人(原審第一回・当審)、被控訴人Y1(原審・当審)各本人尋問の結果及び甲一、二を総合すれば、控訴人は、被控訴人Y1に対し、再三にわたって、「何ぼ損してもいいけん、すぐ売ってくれ。」と言ったが、被控訴人Y1は、売却のための活動を一切せず、控訴人をなだめすかすことに終始したことが認められる。

控訴人の被控訴人Y1に対するこの言葉は、明らかに売却注文であり、売却の相談とは到底解することができない。それにもかかわらず、被控訴人Y1は、売却のための活動を一切しなかったというのであるから、いわゆる仕切拒否が行われたというべきである。

仕切拒否は、被控訴会社が控訴人に本件ワラントのリスクを押しつける行為であって、不法行為に当たるといわざるを得ない。

三(争点3)被控訴人Y1が、控訴人に対し、本件ワラント購入後の価格変動等について誠実・公正に情報提供していたかについて

1  控訴人は、被控訴人Y1が、証券会社に課せられた、誠実・公正に業務を行うべき高度の注意義務に違反し、ワラント価格の持ち直し状況につき控訴人の注意を喚起せず、被害拡大を放置したことは不法行為に当たると主張する。

2  そこで判断するに、乙二四ないし二六によれば、控訴人が本件ワラントを購入した当時、その価格は低落傾向にあり、いずれも平成三年八月一九日に底値を記録した後、清水建設ワラントは同年一〇月下旬ころ、エーザイワラントは同月半ばころ、わずかに持ち直したことがあったことが認められる。

控訴人は、この時点で、被控訴人Y1が控訴人に対し、売りのアドバイスをしなかったことをとらえて、注意義務違反と主張しているようである。

しかし、右時点の直後に、本件ワラントはまた値下がりしており、右時点で売りのアドバイスの要求をすることは酷である。被控訴人Y1が、控訴人に対し、本件ワラントの価格表を送っていたことは当事者間に争いがない。とすれば、被控訴人らは、証券会社としての義務を十分尽くしたとはいえないものの、不法行為に該当するような義務違反があったとまではいえない。

四(争点4)被控訴人らの賠償すべき損害額について

1  以上からすれば、被控訴人Y1の違法な勧誘及び仕切拒否について、被控訴人らに不法行為責任が生じる。

そして、右不法行為によって、控訴人が購入した本件ワラントの権利行使価格は、引受の対象となった株式の時価よりも不利なものであったことは当事者間に争いがない。そうすると、本件ワラントは、事実上新株引受権を行使することはできず、売却の対価が唯一の価値であり、仕切拒否された以上、全く価値のないものになってしまったことになる。

よって、控訴人は、本件ワラントを購入させられ、仕切拒否されたことにより、合計金九五四万二九三七円の損害を被った。

2  しかし、控訴人本人尋問の結果(原審第一回・当審)によれば、次の事実が認められる。

控訴人は、本件ワラントの内容につき十分理解しないまま、被控訴人Y1の勧誘に乗ったものである。また、売却申入れをした際、被控訴人Y1になだめすかされはしたが、これを断固拒否して損害拡大を防止することが全く不可能だったわけではない。この場面でも、控訴人に落ち度があったといわざるを得ない。

したがって、損害額の算定にあたっては、控訴人のこれらの過失を斟酌すべきであり、五割の過失相殺を行うのが相当である。

3  被控訴人らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、金五〇万円をもって相当と認める。

4  以上により、被控訴人らは連帯して、控訴人に対し、五割の過失相殺後の損害金四七七万一四六八円及び弁護士費用金五〇万円の合計金五二七万一四六八円及び内金四七七万一四六八円に対する不法行為後の平成三年六月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

五 よって、本件控訴は、主文第二項記載の限度で理由があり、その余は理由がないから、右の限度で原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林泰民 裁判官 石田裕一 裁判官 水谷美穂子)

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